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ボジョレー・3 長いけどこれでお終い。 [徒然]

たいしたことない自慢話やくだらぬおのろけを書いて、ちょっと気分が塞ぎはじめた。いささか躁状態であったようだ。というのも最近何がきっかけになったのか、記憶の洪水に押し流されそうになっている。溢れてくるひとつひとつの記憶が最後には耐え難い自己嫌悪の記憶に接続されていく。下降線に突入し始めたらしい。

ボジョレーヌーボーは、宣伝文句につい惹かれて9月の下旬に早々と予約した。案の定忘れてしまっていた。11月に入ってから案内が届いて思い出した。息子と甥の二人展がそれなりに成功だったようだし、二人も何か手応えを感じたらしいのでワインが届いたら打ち上げでもやるかということにした。

16日の朝、9時前にワインが届いた。よし!と2階に運んだら息子が、お母さんがお漏らししてるようだという。妻は赤い顔をして目を閉じたまま。掛け布団を剥がすと強烈な臭い。過去三本の指に入る大粗相であった。一瞬目が眩んだが、とにかくこぼさないようにパジャマ、下着、シーツ、布団を全部ベランダの洗い場に運び、妻をトイレに連れて行く。背中まで汚れていてトイレではとてもきれいに出来ないのでお風呂場に。都合良く息子が早朝に風呂を沸かしていたので、入浴させた。
朝食を息子に頼み、洗い場で汚物を流して洗濯機に。布団は力任せに手洗い。朝食が済んだ妻はすっきりとした顔でテレビを見ていたが、やがて目がとろんとしてきたので布団を敷き直して横にさせるとすぐに寝始めた。ところが、突然食べたものを全部吐いてしまった。どうやら、風にやられていたらしい。パジャマと下着を着替えさせ、私の布団に寝かせてまた枕と上下布団にシーツと、パジャマ、下着をベランダの洗い場に運んで大奮闘。洗濯機もフル回転。午後になってヘルパーさんが来てくれた頃にようやく一段落したが、出鼻をくじかれたようで意気が上がらない。職場にいる息子に電話をかけ、どうやらお母さんは風邪らしいから今夜は大勢呼ぶのは止めてささやかにしようと伝える。料理もチーズとちょっとしたものを買ってきて済ますことにした。

ワイングラスを洗って拭いていると、よりによって私の大事にしていたグラスの柄がぽっきり折れた。傷がついていたのだろう。ここは日本なのにわざわざボジョレーヌーボーでお祝いするなんて考えるからこうなるんだと、いじけてくる。それでも、部屋の片付けを終えてから気を取り直して買い出しに行った。百貨店の食品売り場で適当にチーズを見繕い、あと簡単にサラミなどを買い家に帰ると、妻は起き出してヘルパーさんと楽しそうに談笑している。お腹が空いたというので用心のためおかゆを炊いて食べさせる。旺盛な食欲。
ヘルパーさんが帰った後、息子から電話。甥が風邪らしくてさっきまで元気だったのに突然気分が悪くなって吐いてしまい、熱が出て来れないという知らせ。いよいよ意気阻喪である。盛り付けたオードブルが寒々しい。脱力状態でテレビをぼんやり見ていると息子が帰ってきた。息子の彼女は8時頃になるという。

7時前に「おい、もうやろうぜ」といつもの家族三人で乾杯。妻は勿論形だけ。一度もどしてすっきりしたのか元気だ。だけど安心は出来ない。私と息子は何となく暗い。7時過ぎに電話がなる。神戸にいる義妹からだった。仕事の都合がついたので京都に来たとのこと。ちょっぴり明るい灯火が。
義妹は妻と二つ違い。生まれてすぐ跡継ぎのいなかった義母の実家に養女に出された。事情は幼い頃からお互い知っていて、とても仲がよい姉妹だった。妻は義妹を見て喜び、義妹は活きたタコとかアワビを神戸から持ってきてくれて、俄然食卓の雰囲気が明るくなり始めた。
8時前に息子の彼女がタンドリーチキンを持って現れると、部屋全体が明るくなったような気がした。娘からはなんの連絡もない。義妹が「どうしてるのよ!私が神戸からわざわざ出てきているのにあんたが来ないのはおかしいでしょ」と、電話をかけると娘は「完璧に忘れていた」とすっ飛んできた。娘が加わるといきなり賑やかを通り越して煩くなる。トイレに入っていると息子の声が聞こえてきた。「俺はあの時頑張った。お母さんが入院中、お父さんは仕事もあったし外で食事を済ませるのが楽だったかも知れないけど、このままでは家族がバラバラになって終わってしまうと思ったから、食事だけはみんなで家で食べようと主張した」。普段この弟とあまり仲が良くない(ようにみえる)娘が「そうや、あの時お前は頑張った」みたいなことを言っている。
そう、私だけではない子供達の介護生活がある。
ボジョレーが3本空いた頃に義妹の携帯電話が鳴る。義妹のご主人が京都に来たらしい。「パパ、ほんとに来たのね。偉いわ」なんて言っている。義妹のご主人が加わり、宴会はここで最高潮に達した。

12時前にそれぞれダウン。私はほろ酔いではあったがあまり量が進んでいなかったので簡単な後片付けをしていた。洗い物をしながら後ろを振り返ると義妹のご主人が座っている。この人のことは義妹とバツ一同志の再婚だというのは知っていたが、それ以外はあまり知らない。義妹は彼と再婚をして、自分の母と一緒に東京に引っ越した。ところが義妹の母が認知症となり、神戸に帰りたがったので2年前に神戸に移り住んだ。伯母は神戸に帰ってから安心したのか半年もした頃、この世を去った。大往生だった。産みの母ではなかったが義妹は最後までよく尽くした。品の良い可愛らしいおばあちゃんだった。妻も一緒に葬儀に参加した。義妹のご主人とはその時以来であった。顔は当時よりずいぶんふっくらとしたが痩身で背が高く、物腰は柔らかくて紳士ぜんとしている。がらっぱちの私とはまるで違う。ビールをもう一本いただいても良いかというので、私もグラスを出して一緒に飲み始めた。

彼と二人で話をするのはこれが初めてだった。少し話をしただけでかなりの教養の持ち主であることがわかった。彼は穏やかに、だけど切れ目無しに話し続けた。彼が官僚であったこと、天下りで出版社に勤め、そこを勤め上げ身辺整理もついたので妻と義母の希望に応えるために東京を引き払い神戸に来たこと。私が考えていたよりずっと歳をとっていたこと。戦時中の疎開の話、官僚の世界、彼が携わった法案のこと、法案作成の手順、そして現在の官僚批判。彼の話は続いた。私は適当に相づちを打ちながら話を聞いていた。彼は私に何を語ろうとしているのか、睡魔で朦朧としながら推し量りかねていた。そのうち彼がいじめ問題に言及しはじめた。私はそれを聞きながらふとMさんのエッセイが頭をよぎった。これはダーウィニズム?

いじめ問題で教育現場が迅速な対応が出来ないのは、出来ないのではなくそれを押し止め、あえて対応しないことを選択する理念が存在し、現実を遠ざけているのではないか。ならば、現実に起こったことが現場の校長や教師を取り替えたりしても本質は変わらない。理念は理念のために教育委員会をも簡単に解体するだろう。いや、それは解体ではなくより巧妙に見えないようにすることだ。そしてより強固に存続自体を目的化していくだろうとぼんやりした頭で考えていた。

彼は実際、素晴らしい人物だった。高潔であり、義母にも自分の妻に対しても犠牲的精神と優しさを十二分に発揮し、嘆くこともせず、潔く自分の妻の故郷で人生を終えようとしている。彼は相づちを打たなくなった私に気づいて、ようやく話を終えようとした。そして、「いやあ、こんなに喋ったのは久しぶりだ。君を最初に見かけたとき、正直こんな風に話をする事があるとは思いも寄らなかったよ。とても楽しかった。長々と勝手にお喋りして申し訳なかった。ありがとう」と言った。私は訪問してくれたことに対して礼を述べつつ「最初の印象は多分正しいでしょう。私はあなたとお話しが出来るような男じゃあ、なさそうです」と答えた。彼は一瞬私の真意を量りかねたような顔をしたが、何事もなかったように席を立ち寝室に向かった。午前3時をまわっていた。

miyata家初めてのボジョレーヌーボーを楽しむ集まりは、妻も含めて皆が楽しんだようだから良しとしよう。だけど来年はきっとしないと思う。そうそう、つい乗せられたボジョレーの宣伝文句。「鬼才ドミニク・ローランが贈るボジョレーヌーボー。このワインは寝かせても楽しめます。予約販売のみ。」
確かにおいしかった。来年もきっと買うと思う。


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コメント 24

左膳

何時も、miyataさんの奥様に対する介護ぶりには感心させられます。
拙者も、母親に負担をかけることのない様にリハビリに頑張らねば…
by 左膳 (2006-11-21 10:33) 

シマリス

ボジョレーの一日。
朝の奥さまの風邪から始まった、miyataさんにとってはとてもお忙しい一日だったのですね。
家族だけで始まった夕ご飯も人数が増えて、結局皆さんで愉しまれた。
深夜まで飲まれたと言うことは、やはり楽しかったのですね。
前回の新婚当時のmiyata君が、飲めるmiyataさんになられた。。。
来年もまた美味しいワインを楽しんで下さいませ。
by シマリス (2006-11-21 18:05) 

練習菌

一日の事だって、終わりよければ全てよし。
(゜゜)(。。)(゜゜)(。。)ウンウン、息子さんも娘さんも
良い子ですねえ。
で、また1つの人間関係ができた、と。
miyataさんは(LANの)ハブみたいな人だなあ。
岡田さんもそんな人だったんだろうなあ。
by 練習菌 (2006-11-21 20:54) 

大変なボジョレーヌーボー解禁でしたね。
何となく宣伝文句気にはなりましたが、一人で飲んで空けてもつまらないですしね。。。(妻は当然だめですし、義父は酒は全然飲めない)
粗相の始末など、miyataさんの介護ぶりにはいつも感心致しております。ご家族もこうして集まり、話が出来れば、楽しいのではと思います。
ちょっと羨ましくもありました。
by (2006-11-21 21:53) 

tomoko

貴方の名文でそちらの様子が手にとるように分かりました。
奈半利の展示会大成功でよかったね、でも是から又頑張らないとね、
楽しみにしています。
私も今「押し花展」していますが、まだまだ芸術とは認めてもらえません。
其れでもかまわない、自分も楽しみ、見てくれた人も美しいと癒しになればと、自分勝手に思っています。
物を創造する行動は血でしょうか、私の父も絵が好きで終戦後物の無い時代に絵の道具がたくさん有りました。(でもプロには成れなかった)
でも我が家の長男はプロになたので、三代目にして達成だね♪
by tomoko (2006-11-21 23:35) 

miyata

左膳さん、こんにちは。
慣れというのは、たいしたものだとつくづく思います。最初は受難のように思っていても、さほど絶望的な苦痛だとは思わなくなりました。悩むより先に慣れろですね(^_-)-☆
by miyata (2006-11-23 14:44) 

miyata

シマリスさん、こんにちは。
そうなんですよ。なんだか忙しい一日でした。
でも皆で楽しみましたから(^^)v
お酒は若い頃から飲めたんですが、晩酌をするほど好きではなかったということです。一回に飲み過ぎるから三日も続くと体がもちません(^◇^;)
by miyata (2006-11-23 14:49) 

miyata

練習菌さん、こんにちは。
娘と息子はもう「いい大人」ですから、「良い子」とは言えません。こちらもそういう対応です。
岡田さんねえ・・。あの人は私よりも明らかに容量が大きい人でしたね。
by miyata (2006-11-23 14:54) 

miyata

タケノコさん、こんにちは。
そうですね。タケノコさんちが親類縁者あつまって楽しい晩餐が出来るようになれば、精神的に一人で全部背負うことも無くなるのでしょうが・・。
ご近所さんだと声かけして、バンとやりたいところです。
by miyata (2006-11-23 14:58) 

miyata

ともちゃん、こんにちは。
絵が好きだったって、そうらしいですね。きよみちさんもそうだったと聞いてます。うちは兄がそうなんですよね。私は昔っから全然駄目。よく母から怒られました。私の親父は絵心があるというより、とんでもなく手先が器用だったんですが、それも受け継いでない。だから、息子が陶器を始めたときは不思議な感じでした。嫁さんの子供でもあるということを忘れてたんですね。
by miyata (2006-11-23 15:20) 

練習菌

しかし、miyataさんに対して一方的に喋る人って……
私だと、私が1喋るとmiyataさんが10くらい喋る勘定になるから
そのまた10倍ぐらいの人ですか?
「ハイヒールりんご&ももこ」みたいなしゃべくりだったんだろうか?
(◎o◎)ドキドキ それとも、ボージョレーの勢いで〜
いずれにしても、その人はしゃべってガス抜きができたんだろうなあ。
by 練習菌 (2006-11-23 22:05) 

miyata

いいえ〜、全然。穏やかに、ゆっくりと噛みしめるように。
聞いていて気がついたのですが、結論を先に言わない。菌さんは逆に結論しか言わない(笑)。
by miyata (2006-11-23 22:28) 

練習菌

すいません。理系の習慣で、そういう風になっとります。
まず結論をいって、それで判ってもらえないなら、掘り下げて説明している様式は、論文の手法でし。西洋風な様式に染まってしまってますねえ。
(;^_^A アセアセ
by 練習菌 (2006-11-23 23:29) 

miyata

理系にも二通りあるみたいですね。私が昔から知っている理系の人は、むしろ逆で、今だから言うけど話が長かった(__;)。ほぼ完璧理系の人でしたがね。
で、今回初めてお話しした方は、やっぱり理系でした(^◇^;)。
by miyata (2006-11-23 23:46) 

練習菌

ううむ、日本語主体の人なのかなあ?
英語の論文ですとまず結論を示して、
着々と段階を追って事象を書いていきます。
逆に日本語の文章は、ずっと種を撒きながら最後に一気に
収穫を刈り取りにいきます。だから記憶力を相当に要求するので、
忘れ易い人には判って貰えないでしょうね。
ですから、たとえ英語の論文で有っても、実はかなり読み易いのです。
大学の入試問題みたいに難解な文章ではありません。
で、論文と言うのは格調高いという事を要求されますので、いわば
文語体のような文体であります。口語体で書かれた英文は、私には
訳が判りません。
by 練習菌 (2006-11-24 00:15) 

miyata

どうなんでしょうかねえ。思考的に対話と論文とがわかれてるんでしょうかねえ。私より上の世代の人なんですが、留学経験もあるし、まあとにかく皆さん博学でしたね。文学から哲学まで。ヘーゲルの歴史哲学や美学の話など、俺を相手に言うなって感じでしたが(笑)。
by miyata (2006-11-24 01:13) 

素晴らしいご一家ですよ
特に息子さんと宮田さん
日本の未来が明るいとさえ思いました。

息子さんがさりげなく母親のお漏らしを言えること
我が家などは夫のお漏らしを娘にそして婿にも気がつれないように一人で奮闘していました。
娘がつれて出かけてくれるようになったのは紙オムツを使ってからです。
私が夫に恥をかかすまいと一生懸命になりすぎていました。
by (2006-11-24 14:10) 

miyata

なかなかないさん、こんばんは。
おほめいただき、ありがとうございます。まあ、日本の未来とわが家とは関係ないでしょうけど(^^ゞ
なかなかないさんのご主人に対する心遣いは、とっても理解できます。入院先で看護師に叱られている妻を見たりしたらいたたまれなくなりました。訓練で他の患者さんと協調できないときの妻の困惑の所作などを見ると、これは自分が守らないと妻の自尊心はズタズタになると思いました。こういうのは抱え込みの第一歩かもしれませんが、そうさせる要因があることも私は事実だと思います。
いずれにしてもタイトロープですね。
by miyata (2006-11-25 01:21) 

タイロープと自尊心
抱え込みの原因かもしれませんね
自尊心については
脳梗塞を起こしたときに
酸素タンクへ入りました
化繊はだめなのですね
50分の間に尿意をもようすことがあります
担当ナースはそこでそのまましてくださいというそうです

絶対にできません「自尊心が傷つけられた」と怒ります
綿毛布を切って厚い厚いパンツを作りました。
病院の別途へそのままはイヤでもツマの用意した特性衣類ならば安心するのですね。
by (2006-11-25 07:23) 

miyata

なかなかないさん、おはようございます。
やはり、家族でしか支えられない面はあると思いますね。
ご主人にとってなかなかないさんは、最後のよりどころだったんでしょう。
ここを切らないことが大事ですね。
by miyata (2006-11-25 08:54) 

小夏

これから、ボジョレーを飲むたびmiyataさんのこのお話を思い出すことと思います。感激しました。
・・・・・
なかなかないさんがおしゃるとおり、私も素晴らしいご家族だと。
なかなかさいさんのコメントにも感動しました。
義母や父の看病して教えられたことが多くあります。
義母が一人で歩けない状態なのに
ポータブルトイレを嫌がった時
婦長さんに「プライドがあるから、そこは大切にしてあげないと。」言われた事がありましたね。
by 小夏 (2006-11-25 18:39) 

miyata

小夏さん、こんばんは。
なんだか恥ずかしいです。ひどくはないと思いますが、実態は多分かけ離れているとは思うんですが。だいたい、みんながさつでおっちょこちょいで(^^ゞ
小夏さんが出会った婦長さんは立派な方ですね。何気ない一言で気づかされたり、救われたりしますよね。その逆もあるわけで、言葉が難しいというよりそれ以前に人格の問題もあるのではないかと思ったりします。
by miyata (2006-11-26 18:33) 

介護者の愛は
「頑張らないで」以前のことですね

そこにも人格があって。
「家族でしか支えられない面はあると思いますね」
此処が大切なのですね

しかし過去を振り返ってみますと
相手への愛も確かにありますが
万一のときに悔いを残さない
これって自分のためかな?
by (2006-11-26 22:16) 

miyata

なかなかないさん、おはようございます。
以前ですね。以前ですがすでに前提無しの自己犠牲を含んだものだと思いますね。だから行き過ぎも抱え込んでしまってるのではないでしょうか。

>これって自分のためかな?
いつもつっかえて、自問自答するところです。
by miyata (2006-11-27 10:44) 

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