ある日の散歩

河原に下りるスロープの場所を間違えて階段に出てしまった。
階段のしたにランナーが見える。キャップをかぶりサングラスをはめ、お腹を露出させたランニングシャツに青いランニングパンツ。褐色の顔と肌。筋肉質の肩と腕、割れた腹筋には隠せないシミとたるみが見える。彼は階段の手すりにつかまって念入りにストレッチをしていた。
妻に車椅子から降りてもらい、妻は手すりをもちながら下りる。私はそのすぐ横を後ろ向きに車椅子を一段ずつ下ろしていく。下にいた彼が声をかけてきた。
「車椅子の前を持ちましょうか」
不意をつかれた感じで急に恥ずかしくなり車椅子をすぐにたたんで片手で持ち、妻の手を引いて階段を下りた。
「しかし、元気になりましたね。階段をひとりで下りられるようになったんですね」
私の全然知らない人だった。
「いや、奥さんにはよく遊んでもらったんですよ」
ああ、そうだったんですかと振り返ったとたん、妻が転んだ。
慌てて起こすとその彼は
「すみません、よけいなことを話しかけちゃって」と申し訳なさそうに妻を起こすのを手伝ってくれた。たいした転け方ではなかったので妻の方も苦笑いしながら起きあがる。

コンクリートの遊歩道脇の草が生えているところでゆっくりと歩く練習をする。それから下りてきた階段よりゆるやかな階段を使って上り下りを一回。ひと息ついてから車椅子に座り、河原をのんびり散歩する。
蒸し暑い日差しが向こう岸の建物に遮られ、不揃いの影がこちらの岸に届きはじめる。
傾いた陽に途切れない川の流れが染み込んでいく。暑さが少しずつ冷めていくのがわかる。

小太りで坊主頭の中年男性が水鳥にパンくずを投げている。
その人はエサを横取りされてしまう鳥を気遣って、
まるで釣り師のようにパンくずを投げ分けている。
狙いの鳥が目的を遂げると彼は小さくヨシッと飲み込むようにいい、別の鳥に目配りをする。
パンくずを投げる時、白い七分袖の袖口から鮮やかな刺青が見えた。
横でじっとその様を見ていると、パンくずのついた手をはたきながらこちらを向いて小さくヨシッといってから意外なほどの身軽さで護岸の階段を駆け上がっていった。

視線を遠くにやると、ずいぶん太った犬がよたよた歩きながらこちらにやってくる。
「ずいぶん太った犬だね。まるで豚さんみたいだ」と妻に話しかけながら近づいてみると、ほんものの豚だった。近くを散歩していた二匹の犬も驚いたように立ち止まり、私や妻と一緒に物珍しそうに近寄っていく。
豚は足を止めることもなく、よたよたと歩を進めながらこちらを一瞥し、まるで豚と同じように鳴いた。犬は驚いて離れ、何事もなかったように飼い主とともに遠ざかる。
連れている初老の婦人に聞く。豚も散歩が好きなんですか？
「あまり好きじゃないようだけど、寝てばかりだとねえ。」
思わず笑う。豚はくだらなさそうに上目で私たちを見てから、また豚のように鳴いた。

走ることも跳ぶことも知っている私たちの眼に、
影の裂け目に輝きを沈めようとする陽光の中をよたよたと歩を進める意志の豚。

「ご機嫌よう！
歩むにしても、横たわるにしても
僕たちの行く手は暗いのだ」

豚を見送ると、上機嫌になった私たちは河原を後にして家路についた。

コメント 19

豚ですか
私は家でいきもをかうのがきらいになりました。
１、最初の犬がお産で親子ともになくなった。
２、娘が中３で拾ってきた犬が６年後には飼い主がいない
なんと１４年行きまして乳がんで世話に手がかかってなくなりました。
飼い主がいないときになくなったので土葬にしたら１０万円かかりました。
３、ミニウサギ
なにももかもかじる
かごで飼う約束だったが
家にいたヨーロッパの青年が２階２間に放し飼いを始めた
本をかじる、インターネット関係のコードが一番かみやすい。ろうでんが一番心配でした。
by うしさん (2009-09-08 10:41) 

奥さんが転ばれたとの事､大事には至らなかったようで､よかったです。奥さんを知っているという謎の人物､どんな人なのでしょう？

それにしても､鴨川でも色んなことがあるもんですね､流石に豚を見たというのは初耳ですが､連れていた人がいたということはペットなんですね。
トンビも多くなって､人の食べ物を掠め取るとかも聞きますが､あれはチト危ないですよね。


by Allora (2009-09-08 16:14) 

miyataさん、こんにちは。
とても静かで、和やかな、お散歩の一時をもたれたご様子が読んでいても解りました。

その合間にも、きちんと足腰のリハビリをされているのですね。
私も膝を痛めて後は以前ほどのことは出来ないものの、歩道橋の上り下りの往復は毎回二度欠かさずにやっています。

鳥に餌を投げるヤクザさん、ペットの豚ちゃんとお散歩をする方(アメリカとかでは多そうですけれど)、何時もの風景の中でも新しい出会いってあるものです。
奥様の状態が落ち着かれているのでしょうか。だとしたら、このまま続きますように・・・・



by hana2009 (2009-09-08 17:58) 

うしさん、こんばんは。
動物を飼うと別れが先に来てしまうのが辛いですね。よく考えてみれば女房が倒れる前、「介護」の問題に直面したのは17歳で死んだ愛犬でした。もちろん人と犬とは違いますが。まったくただの雑種でしたが最後は認知症になり目も見えなくなり、その場でくるくる回るだけ。足が立たなくなっても歩きたそうにするので、みんなで交替でタオルを腹に巻いて持ち上げながらベランダ散歩を続けました。家の中で飼っていなかったのですが、亡くなる前の一ヶ月は一緒に寝起きしました。家族が見守る中で息を引き取ったのですが、子供二人が泣いたのは意外でした。私自身には衰えて死んでいく現実があるだけでしたので寂しさはあっても悲しさはなかったのです。
その二年半後に女房が倒れてしまいました。もともと女房は生き物を飼うのはあまり好きではなかったのでその後わが家にいるのは娘が学校から持ち帰ったメダカだけです。このメダカが意外に可愛いのです(^^ゞ
by miyata (2009-09-09 02:36) 

Alloraさん、こんばんは。
さいきん、足下が弱っているようでよくよく気をつけていないと転倒の危険性に耐えず晒されていることにあらためて気がつきました。謎の人は想像するに、会社を定年退職して四、五年。何かを決意して厳しい運動を自分に課して老いと対決することを選んだ人という感じの人です。優しそうで穏やかな人でしたがずいぶん鍛えた身体をしていましたね。

豚はさすがに驚きましたよ。ミニブタでしたが、そりゃあもうはち切れんばかりの立派な豚さんでした。
トンビは三条の方に多いようですね。この辺りは昨年ほど多くはないのです。水鳥は鴨川をビオトープというのですか？川底をさらってきれいにすることを止めて自然に任すようになってから州ができて草もたくさんはえてから増えたように思います。水質もずいぶん良くなっているようで、鮎釣りも驚かなくなりました。
by miyata (2009-09-09 02:46) 

hanaさん、こんばんは。
やはり夏の影響というか、家に引きこもり気味だったので足下が弱くなってしまいました。ちょっと季節もよくなったので足に地面を思い出してもらうような運動を始めました。

面白いペットを飼っている人もいるものです。豚を鴨川で見るなんてさすがに驚きました（笑）。嫁さんは、精神的にはかなり落ち着いています。毎日内容はとんちんかんなんですけど、会話も弾んでおります。ただ、寒暖の差が激しいので体調的にはすこし低調なのかもしれません。一年をふり返ってみると、安心していられる季節って意外に少ないものなんですね。そういうのを気にせず割り切って活動することがより自然にかなっているのかもしれません。
by miyata (2009-09-09 02:56) 

お早うございます。もう　こんにちは。ですね。
まるで小説を読んでいるような・・・
お二人の散歩の様子を傍で見ているようです。
ほんと、長閑に時間が過ぎていきますね。(^。^)
出会った人や動物にも楽しませていただきました・・・
　　　やくざや(?_?)さん　　ペットが豚〜〜〜(゜;)エエッ
Macは私のmacbookにかかりっきりです・・・トラブル続き〜
ブログどころではありません(-。-;)
ibookは普通に動いてくれているので私は助かります。
(一時画面が揺らいで、修理に出すより買った方が安いというので)

by yakko (2009-09-09 11:03) 

６年経った家内のiBookのバックライトがちらつきだしたので、一昨日、MacBookを購入しました。昨日パーティションを切って、OS、ソフトを入れたのですが、これが中々面倒でトラブルもあります。プリンタドライバも認識しているのですが、プリンタが動きません。新しいマシンは順調に動くまでが大変ですね。
by SilverMac (2009-09-09 11:37) 

yakkoさん、こんばんは。
Macが新しくなるんですね。おめでとうございます(∩.∩）
SilverMacさんがご奮闘されているようで。
場所柄やくざさんの姿に驚きはしませんが、豚さんには細い眼が三角に開いてしまいました（笑）。
by miyata (2009-09-10 01:40) 

SilverMacさん、こんばんは。
新しいMacとのご格闘お疲れ様です。
OSも新しくなっているんですよね。機種が新しくなるとプリンターが動かなくなるというのは私も何度か経験しました。それに比べてインターネットへの接続はずいぶん楽になったとXの時に思いました。
はやく、正常に動き始めることを祈ってます(∩.∩）
by miyata (2009-09-10 01:44) 

奥様もこうして、車イスに乗ってばかりでなく時には階段を下りたりといったことも、筋力の維持や廃用症候群みたいにならないためにも、たまには必要なのでしょうね。
動物系のバラエティで、芸能人でピンクのミニブタを飼っている方を見たことがありますが、そのようなブタを外で散歩させている方は見掛けたことはさすがにないですね～。鴨川の岸辺の日々の様子を描いた小説が書けそうなくらいのお話ですね。
by タケノコ (2009-09-11 22:49) 

タケノコさん、こんばんは。
この辺りの鴨川の遊歩道はゆったりしていてお天気さえよければ歩行訓練には絶好の場所ですね。
豚をペットにしている人がいるんですねえ。まあヘビやワニなどを飼っている人もいるんですからなにを飼っていても不思議ではないんですけど。豚は散歩だと意識してましたね。紐もなくゆっくりと自分の行きたい方に歩いてました。遊歩道に沿ってまっすぐ歩いているんですね。それもちょっと不思議な感じがしました（笑）。
by miyata (2009-09-12 04:36) 

なんか中国の豚のペットのニュースが流れていましたねえ。
散歩させてたら、とって食われちゃうんじゃないかしらん？

で、醤油味のたこ焼きのネタをさがしてたら、偶然見たのが
どうやらあのバッキーのBLOGらしい
http://backy0175.at.webry.info/
by 練習菌 (2009-09-12 16:54) 

練習菌さん、こんばんは。
中国でも豚のペットですか(◎-◎)
別に中国でなくても私でも飼われている豚は食用にしか見えないです(;^_^A アセアセ…
これが豚ペットに対する違和感だったんですね。

バッキーさん、のようですね。ここからリンクが飛んじゃうな・・。
by miyata (2009-09-12 23:14) 

トメサンさん、niceありがとうございます。
by miyata (2009-09-12 23:15) 

こんにちわ。

豚には笑ってしまいました～
豚みたいが豚だったって・・・
豚もキレイ好きだから世話が大変でしょうね～
大きいし　

犬も驚くんですね～豚に。
やっぱり豚飼ってる人は豚肉たべないのかな～？
食べますかね？
by tonton (2009-09-14 14:21) 

tontonさん、こんばんは。
いやあ（笑）。きっと食べるでしょう。食べないのかなあ。
豚のペットというのはやっぱり違和感がありましたねえ。食用というイメージから離れられませんでした。豚と眼があってドキッとしました(◎-◎;)ドキッ!!解脱できそうにないですね（苦笑）。
by miyata (2009-09-15 01:12) 

お早うございます。
今朝はお越しいただきアリガトウございました。
暫くブログが更新されていなかったので、Macと
どうなさったんかな〜と・・・Macが電話してみようかと
話しておりました。PCの不調だったんですね。ホッ !!　(¨;)

by yakko (2009-10-02 08:38) 

yakkoさん、こんにちは。
ご心配をおかけしました。PCがというより回線機器のトラブルでした。急に繋がらなくなったのが20日の午後でして、連休のまっただ中。連休が終わってもすぐに週末となってタイミングが悪くて長い時間がかかってしまいました。10日間もネットから外れるなんてことがあるんですねえ。呆れました。結局繋がっている三つの機器全部が新品になりました(^^)v
by miyata (2009-10-02 12:35)