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わたしは「だんなさま」だった。経過8 [介護と日常]

うかつに判断は出来ないが私たちが見ている限り、病状的には今回の怪我が原因の「後戻り」はもう無いと思える。
前回の記事の後三日間ほど発熱して、私たちが見舞っている間ほとんど眠ったままという状態が続いたが、その発熱を過ぎると一気にジャンプしたように以前の状態に近づいた。意思の疎通が以前とほぼ同じ程度に可能であるということがわかった。

25日 身体的には妻よりずっと元気なのだが、おそらく妻がいる病室の中でもっとも重篤なのではないかと思われた隣りの患者さんがご主人がいる時に突然痙攣を起こした。それはほんとうに突発的でうめき声とも叫び声ともつかない声を上げた後、ご主人がすぐにナースコールを押して看護師を呼んだ。看護師はすぐにやってきたが様子がただごとではなかったようで、廊下に出て大声で応援を求めた。バタバタと看護師が入ってきて対処をはじめた。痙攣止めの注射などをしていったんは落ち着いたかと思われたが、「駄目、まだ続いている。先生はまだか」といった緊迫した状況がカーテン越しに伝わってくる。医師が駆けつけた後ベッドごと部屋から運び出されていった。妻と二人でただただ驚くばかりだった。

26日 病室に行くとベッドにいなかった。出会った看護師が車椅子に乗って詰め所にいると教えてくれた。詰め所に行くと背もたれがある車椅子に座っていた。私の顔を認めると眼で合図をよこした。看護師が「誰かわかりますか?」と大きな声で妻に聞き、のど元のパイプを塞いだ。すると妻はわりあいはっきりした声で「わ た し の だ ん な さ ま」と皮肉っぽい笑みを浮かべながら言った。その後一緒に車椅子で談話室に行ったり廊下を散歩した。
私のことを「だんな」と人に言ったのははじめてだ。人に聞かれてmiyata君とかmiyataとかは言っていたが、彼女にとって「私」はいつもそれ以上は説明できない人だった。これはどういう事が妻の中に起こっているのかしばらく考えさせられた。

27日 気管切開されていた喉を塞いだ。するとせきを切ったように話し始め、止まらない。今までほとんど話さなかったのは、話そうとしても自分の声が出ないことを知っていて諦めていたのだということがわかった。やはり今まで彼女はほとんどこちらの話を理解していたのだ。ところで、話していることはなかなか聞き取れない。またなにを言っているのかも良くわからない。しばらく自分の声帯を使っていなかったので、これも練習が必要なようだ。

医療社会事業部の方が、受け入れ可能というリハビリ病院に面談に行くように言ってきた。いろいろ確認したうえで決めるのが良いともアドバイスされた。

28日 紹介された病院に面談に行った。気になったのは診療科に「脳」外科とか「脳」神経外科とかがないことと、保険適用外費用が一ヶ月で10万円以上になることだった。その内容を見てみるとオムツ代が一律35000円必要だとか、カテーテルをしている場合には処置料として20000円以上が計上されている。これではいくら高額医療費が返ってくるにしても、毎月入院代だけで25万円以上かかってしまう。今の病院ではオムツなどは自分が買ってきているのでそういう費用は発生していないし、カテーテルを入れて尿を出しているがその分も請求されていないので医療費の中に入っているものと思われる。ネットでオムツ代などを調べてみると、けっこうあたりまえのように徴収されていることがわかって二度驚いた。今まで入院した病院は自分で買ってくればそういう費用は発生しないところばかりだったので、ここへの転院は難しい。

病院に行くと、今日も詰め所にいた。しかも昨日と違って同じ背もたれ車椅子ではあったが、椅子に座るように上体を起こして座っている。看護師が夕食をこのまま座った状態で食べてもらおうと思うという。それはすごいというと妻は私を見てニヤッとしている。詰め所から談話室に移りテレビを見たり、絵本を読みたいというので談話室におかれている絵本を見たりして夕食まで過ごした。昨日ほどおしゃべりではなかったが、テレビで「カニかまぼこ」を使った料理番組をやっていて私がふと「カニかまぼこで、そんなにおいしいはずがないじゃないか」と文句をつぶやくと「どっかに食べに行くか」と言って車椅子から立とうとする仕草をした。こんなところは以前と同じで笑った。あいにく残念ながら立ち上がることはおろか自分の体勢を変えることも今は出来ない。夕食の時間になって、今回入院後ようやく介助らしいことをした。今までは誤嚥がないようにと、食事介助はさせてもらえなかったのだ。夕食の献立は「嚥下食2」全粥に三分菜。温泉玉子がついていた。これもワンランクステップアップしている。このメニューに毎食栄養補助ジュースを二本胃ろうから摂取する。嚥下食は完食だった。夕食を終えるとかなり疲れた表情になってきたので胃ろうからの摂食はベッドに移動してすることになった。かなり長い時間椅子に座っていたので、ベッドに横になるとまもなく寝始めた。七時を過ぎた頃息子がやってきたので、私は帰ることにした。

妻が私のことを「だんな」と言ったことをきっかけにして考えたことは、自分を認識しはじめているのではないかということだ。なぜなら、身体の異常をいくらすぐに忘れてもまた「気づいた時には」異常を抱えているわけで、その異常によって自分を鮮明に意識することが出来るというわけだ。この場合の身体の異常は彼女にとっての他者性である。
今回の事があるまで妻はもっともリハビリが困難な患者群に属していた。医師によると「病識」がない。したがってその必要性を認識できないので、いくらリハビリをしても向上は期待できないというものだった。記憶が出来ないこと自体を認識できないので、いくら日常生活でメモを張り巡らしても無意味だった。他者を媒介にして自分を認識できないというのは、個別の人格をもった実在であっても堂々巡りであって意識的には「自己の現在」を喪失している。
今回の事で意識状態が改善したということではない。おそらく、以前よりもっと大きな問題を抱え込んだことは間違いないだろう。その結果としてそのレベルとして他者性を獲得しようとしているのかもしれない。
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yakko

お早うございます。
素晴らしい回復振りですね〜 良かったです(*^_^*)
取り敢えず、ホッとなさったことでしょう !
by yakko (2010-01-29 09:46) 

SilverMac

「わ た し の だ ん な さ ま」、嬉しい驚きでしたね。
by SilverMac (2010-01-29 10:44) 

ほんのり

奥様の回復力、素晴らしいですね。
これからも順調に行きますよう、お祈りしております。
病院選びは、大変でしょうが納得の行くまで探せるといいですね。
たぶん、どこもいっぱいで時間もかかるかも知れない。。。
早く奥様にあった病院がみつかるといいですね。
by ほんのり (2010-01-29 11:20) 

hana2009

こんにちは。

あれだけの大きな手術、何週間も寝たきりでいたのですから、それに後遺症もあるのですもの、素晴らしい回復ぶりと言って良いと思います。

こうして日記を読んでいると、どうしても自分自身の時のことが思い出されてしまいます。

ご家族にとって、「わ た し の だ ん な さ ま」と奥様のニヤッは、嬉しい事ですね。
良いリハビリ病院が、探せますように。



by hana2009 (2010-01-29 13:51) 

うしさん

喜びとともに経済ほか大変ですね。近所に急に少しぼけかけた主婦がいます。昭和9年生まれ、40年も近所です、家族ぐるみで親しいですが。いつもはわたしのことを「奥さん」とか「姓でよぶ」とかなさっていました。突然前かがみで歩くようになりおかしいことを言うらしい整形ではずっとかかっているらしい。
次女の方が「もうすぐおかしいことをいいますよ」
なんとわたしを名前でさんをつけてよびはじめました。

「いいことだとおもいます」

なんと言っても看護師(士ではない)さんから食事介助の許可がmiyataさんに出たことが喜ばしいです
by うしさん (2010-01-29 14:54) 

yakko

こんばんは。
niceを入れ忘れていました・・・(m_m)
by yakko (2010-01-29 21:38) 

miyata

yakkoさん、こんばんは。
niceありがとうございます(*^_^*)
なんというか、我々家族も驚いています。そういうことを話しながら笑えるようになってきました。季節より先に春がやってきたような嬉しさです。
by miyata (2010-01-30 04:31) 

miyata

SilverMacさん、こんばんは。
なんというか、独特の「いけず」そうな表情が戻ってきたことが嬉しいし、驚きでした。で、今日行った時はシャワーの後で寝ていたんですが起こすと今度は「だれえ?」でしたから、いやはやこんな事が家族の笑い話になっています。
by miyata (2010-01-30 04:35) 

miyata

ほんのりさん、こんばんは。
どういったらいいのでしょうか。ほんとうにしぶといというか(^_^;)\(・_・) オイオイ、我々も驚きの日々です。どんどん良くなっていきます。
病院選びに、関しては苦労した七年前とほとんど状況が変わっていないことにちょっとがっかりしたというか、むしろ後退しているような印象を持ちます。それだけ医療機関も追いつめられているのかもしれません。また他府県も視野に入れなければいけないのかなと思ったりしますが、ちょっとそういう余力が現状無いというところです。だけど、医療現場が以前と同じようにまだ薬で抑制するようであれば、それも考えなければと覚悟しています。
by miyata (2010-01-30 04:43) 

miyata

hanaさん、こんばんは。
意識がない状態から今の状態はほんとうに想像できませんでした。正直、嬉しいです。もう女房の笑顔は記憶の中でしか出会えないと覚悟もしていました。これからを大事にしたいと心から思っています。

by miyata (2010-01-30 04:52) 

miyata

うしさん、こんばんは。
おっしゃるように、経済的にも今後もなかなか大変です。

>看護師(士ではない)
ご指摘ありがとうございます。訂正しました。(看護士さんを指していたのもあったのですが、混乱の元ですから看護師に統一します。ちなみにある看護「士」さんは痰の吸飲の達人でした。この人が来るとホッとしました)

介助できる喜びというのを実は初めて実感しました。この感覚ははじめて出会った感覚でしたね。やっぱり今まではどうしても受身でしたね。


by miyata (2010-01-30 05:02) 

案山子

お元気ですか?
又再開しようと思います。

だるま
by 案山子 (2010-01-30 10:46) 

タケノコ

だんな(さま)といういいかたは、うちもmiyataさんちと同じで結婚してからも姓で○○ちゃん(自分の方が年下なので)と呼ばれていましたが、看護師やヘルパーさんの影響もあってか、そのような言い方をすることもありますね。声掛けの際にmiyataさんが話題になっているのかも。。。
妻のときも大学病院はオムツ購入・持参でしたが、リハ病院はオムツ有償支給だったかと記憶していますが、こんなに高くなかったですよ。(市販品購入より安かったはず・・・)リハ病院は診療報酬外で稼がないと厳しいのでしょうかね。



by タケノコ (2010-01-30 23:35) 

練習菌

なんか奥様は危機を迎えるたびに、意識レベルは向上しているような~
アドレナリンとかが関与しているんでしょうかねえ?
我が家の方はステロイドと放射線でかなり意識レベルは改善しました。
現状認識もかなり出来ているようですが、記憶はグチャグチャですねえ。
会話としては成り立っているので、かなり楽です。
行動も本能主体ではなく、理性的になったし~
by 練習菌 (2010-01-31 04:47) 

miyata

案山子(だるま)さん、こんにちは。
だるまさん、お久しぶりです。やはりそうだったんですね。またお伺いします。元気は・・あまりありません。年のせいだと思います(苦笑)。
by miyata (2010-01-31 14:31) 

miyata

タケノコさん、こんにちは。
タケノコさんちも「姉さん女房」でしたか。
呼び方の変遷 miyata君→あんた→おとうさん
オムツ代ですが、実費ではなくて定額なのだそうです。京都の私立リハビリ病院はこの方式が多いそうです。正直いって驚くほど高額設定ですね。
診療報酬の問題があるのでしょうかねぇ。

by miyata (2010-01-31 14:39) 

miyata

練習菌さん、こんにちは。
奥さん、効果的な治療が見つかったということなんでしょうか。簡単には良かったと言えない御病気のようですからなかなか何も言えませんけど。
七秒しか記憶が出来ない男という本で書かれている人は、脳ヘルペスで瀕死の状態になり脳が大きな損傷を受けたのですが奇跡的に助かった人のことを書いた本でした。良い方向にいくことを願ってます。

なにか事が起こって自分の位置を定められたときに良い結果をもたらしているようですねえ、私の嫁さんの場合は。だから、怪我をした瞬間とか病気になったときとかはたしかにしっかりしてるんですよ。ただ、良くなるとすぐにそれを忘れるから継続しませんけどね。今回ははたしてどうなるでしょう。相変わらず言うことはグチャグチャですけど、こちらに対してはしっかりしています。混乱していないという感じでかえって今までより理知的に見えますね。
by miyata (2010-01-31 14:52) 

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