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人工骨その後 [介護と日常]

8日にようやく主治医に出会えた。主治医はとりあえず割れた人工骨が出てきた頭部を触診し、パソコン上にテンプレートとして保存されている頭部のイラストを呼び出して、位置を決めて赤くマーキングしてから血液検査結果を読む。次に出てきた人工骨の破片を私に要求して確認する。
1.割れて出てきた人工骨は、全体の三分の一であること。
2.炎症値、及び白血球の数値から感染症の疑いは現段階ではないこと。
3.頭部に残っている三分の二の人工骨部分が出てきた破片と同様に尖っているので、また傷つける可能性はあること。
を簡単に説明してくれた。その上で腫れが出たら切開して取り出すという方針を出した。
炎症がいつ起こるのかわからないので体温を測るようにと言われた。微熱がもし続くようであるならすぐに病院に来るようにとも言われた。

人工骨は固定しているものではなく、髄液を排出するためのパイプを通す穴を開けたところにかぶせてあるだけらしい。セラミックであるが、お茶碗のように固いものではなく、頭部に大きなショックを受けなくても割れる可能性はあるという。例えば上下に圧力がかかると割れる可能性もあるし、圧迫でも割れる場合があるという。そんなに柔らかいものなのかと驚かれるかもしれないがこれは私には納得できるものであった。単純に考えてあまりに固いものである場合は逆に本来のものを壊してしまう可能性があるわけだ。だが最近よく骨折などで使われるチタンなどの金属はどうなのだろうかと頭によぎったが、それは聞かなかった。
異物を排出するという事例では、色々あるそうである。ただ、主治医は露出した事例は知っているが鶏が卵を産むように完全に排出してしまった例は今回初めてだと言ってその日はじめて微笑んだ。看護師も他の先生はほんとにびっくりしていたんですよといって笑顔を見せた。
ナトリウム値などは下がっていたので、点滴はなし。足下もずいぶんしっかりしてきた。病院の駐車場は一階に停められずに二階になったが昇降も問題はなかった。

診察が終わって二人でオムカレーというものを初めて食べた。オムライスにカレーをかけた物で、おそるおそるの注文だったのだが意外な美味しさに二人で顔を見合わせて笑った。病院を出てからホームセンターに行き、たくさんのトイレットペーパーと園芸用の培養土を買った。大きなトイレットペーパーは妻が運んでくれた。ホームセンターを出てから陸運局に行き、乗らなくなったバイクを廃車にした。書類を書いて提出し、廃車証明を出してくれるまでずっと落ち着いて一緒に待っていてくれた。

家に帰り着くとさすがに疲れたらしく、「ちょっと横にならせてもらうわ」といってベッドに横になってそのまま眠ってしまった。念のために家中の鍵という鍵を閉めてから夕食の買い出しに出かけ、その足で少しドキドキしながら20分だけ喫茶店でコーヒーを飲んだ。暗くなった道を急いで家に帰ると妻はまだスヤスヤと寝ていた。

暗くなった家の中でぼんやり考えた。鷲田清一の講演の話を思い出した。鷲田清一はケアを考えるきっかけとなったあるエピソードについて語った。それは鷲田が何かの病気で入院し手術をしたときのことで、斜め向かいのベッドにはほとんど目を閉じたままの寝たきり老人がいた。そこに看護師見習いがやってきてカーテンを閉じた。驚いたことに見習い看護師は寝たきり老人にドサッと覆い被さるように倒れ込み寝てしまったのが隙間から見えた。それは15分くらいの出来事だった。鷲田はまだ若くて血気盛んな頃で、教育者の端くれとしてなんとけしからん事をする看護師かと怒り、手術後の痛みが回復しかつこんな事が続くのなら説教の一つでもと考えた。翌日も、その翌日も看護師見習いはやってきて老人のベッドで仮眠をとる。ついに今日こそはと待ちかまえていると、やはり看護師見習いはやってきてカーテンを引き、ベッドに倒れ込んだ。叱りつけようと思ったときその老人の顔を見て鷲田はギョッとした。目をつぶったままの寝たきり老人が目をぱちっと開けて周囲をきょろきょろして見ていたのだ。苦しがっているのだろうかと思って見ると、そうではなかった。老人は廊下を観察しているのだった。婦長や医師が通りかかると倒れ込んだ看護師見習いの立派すぎる肩や腕を細くなって今にも折れそうな手でとんとんと叩いて知らせてやっているのだった。鷲田は叱るのを止めた。と同時にものすごく感動した。一日中目を開けることもなく、そこでそのまま人生の最後を遂げるであろう老人が慣れない仕事で疲れ果てている看護師見習いを守っていたのだった。人間にとって自分が果たすべき役割の大切さをその時知った。役割を奪ってしまう医療や介護への疑問に繋がっていく発見であったという。

妻の寝顔を見ながら、彼女の充足にふと触れるような気がした。それは私にとっては小さくない痛みの発見でもあった。
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SilverMac

要手術だそうですが、現在余り悪影響が出ていなくて良かったですね。老人の患者さんのような心境、なかなかなれませんね。いい話です。
by SilverMac (2008-05-10 05:42) 

左膳

残りの人工骨が心配ですが、奥様の様子が思った以上に
良好そうなので一安心しました。
by 左膳 (2008-05-10 11:12) 

yakko

奥さまが今のところ安定しておられるようで良かったです。
講演のお話、不思議な感動です。
by yakko (2008-05-10 11:32) 

hana

miyataさんこんにちは。
通院そのもの、検査の結果を聞くことは気の重いことですが、今はとりあえず落ち着かれているご様子。
帰りのおふたりの経緯など、良かったと言ってもよろしいのでしょうか。
お薬・フェルガードの効き目は抜群ですね。

講演でのエピソード・・・面白いです。
そのおじいさんのところで毎日仮眠をしてしまう見習いさん、その行為を許すおじいさん。
人って面白いですね。
by hana (2008-05-10 16:17) 

練習菌

奥様、意識がしっかりとなさっている様子で、良かったですねえ。
先の医師との会話なんて、私にはひっくり返っても出て来ないような、
切り返しですわ。負けましたm(._.)m ペコッ
ということは、カギをかけまくっても、解除しちゃいそうですけど〜

あら〜、とうとう廃車しちゃいましたか〜

講演の話、良いお話ですねえ。ちょっとウルウルしちゃいました。

by 練習菌 (2008-05-10 18:15) 

マオ

miyataさん、こんばんは。奥様の人工骨のこと案じていましたが、落ち着かれていてほっとしました。今後も深刻な事態にならないよう祈っています。

鷲田清一さんの講演のお話に胸がいっぱいになりました。私のブログに、miya blog へのリンクとともに転載させていただけないでしょうか。ご迷惑でなかったらぜひお願いします。


by マオ (2008-05-11 01:13) 

miyata

SilverMacさん、こんにちは。
状況的にすぐに手術ということはなさそうです。微熱や体調が悪くなったときに人工骨のことをすぐに思い出せるので対処が楽という感じでしょうか。
ずっと目を閉じていた老人は目を閉じることで抵抗していたのでしょうか。
by miyata (2008-05-11 11:22) 

miyata

左膳さん、こんにちは。
ご心配ありがとうございます。女房は元気です。このタフさは舌を巻きます。
by miyata (2008-05-11 11:23) 

miyata

yakkoさん、こんにちは。
ありがとうございます。安定なんてものじゃないんですよ。全然平気なんですから(笑)。
by miyata (2008-05-11 11:24) 

miyata

hanaさん、こんにちは。
フェルガードの効き目は、今では私の中で疑うものはありません。
鷲田清一のエピソード、面白いですね。こうやって人前で話す人って一つの講演の中で一つこういう「とっておきの話」というものを準備するものでしょうか。多分そうなんでしょうね。たぶん、本当の事実と今の自分からつくられる事実によって「事実」はつくられるのでしょう。この時は笑いながら聞いていたのですが、後になって思い出してくるなんてやはりお話しが上手なんですね。
by miyata (2008-05-11 11:32) 

miyata

練習菌さん、こんにちは。
昔から熱を帯びた議論しているときに冷や水をかぶせるような間の手を挟む発言をよくする女でした。どの方向に対してもいつもちょっとずらすので、明確な基準があるとは思えないのに人を黙らせるところがありました。そんな面は失っていないというのが不思議です(苦笑)。
by miyata (2008-05-11 11:37) 

miyata

マオさん、こんにちは。
ありがとうございます。頭から人工骨が出てきたという事実の衝撃性に比べて、女房の「普通」さは落差がありすぎます。この普通さが逆に衝撃的なのかもしれないです(笑)。

リンクはご自由にどうぞ。
ただ、この話はいい話には違いないのですが、私はちょっとばかりこの人には違和感を持っているのです。国立大学の総長という官僚組織のトップにいるというのがまずいけない(笑)。勲章をもらっているというのも気にくわない(大笑)。下手くそを「装った」語り口が心に染みすぎるというのもきにかかる。難しそうな本をたくさん書いていてほとんど読めそうもないのでなんともいえないんですけど、よく考えるとこの種の「いい話」というのは世の中にはいくらでも溢れているのではないでしょうか。私レベルですぐに思いつく話といえば、近所にどうしようもない暴れん坊がいて皆から忌み嫌われているのだけれども、自分にとっては誰にもまして優しい人だったとか、そうそう漫画の「愛と誠」のようなお話しですね。愛とか人間愛とか道徳に繋がるような。構成としては同じですよね。下品じゃないだけで。私はこの話になにかを喚起されたのは事実なんですけど。ただ、自分(鷲田が)が感動するなよ。させるなよという気持ちもどこかにあります。ちょっとひねくれているんですけど。
by miyata (2008-05-11 12:14) 

マオ

miyataさん、返信ありがとうございます。そしてご快諾いただきまして嬉しいです。
このお話しに私が惹かれたのは、愛とか道徳とかということではなく、もっと単純に、もう寝たきりで何もわからなくなっていると回りが勝手に思い込んでいる人が、実はそうではないことの事実に対してなのです。
このことは、夫や施設などで知り合った人たちからも鮮明に受けることはたびたびあるのですが、何と言うか、老人や障害者は制度という枠内でしか見られてないんだなぁと感じることが多いですが、実際はこうして普通に生命を燃やしている、ということを集めたい、ということなんです。

話は変わるのですが、夫が数年通っていたグループホームの入所施設が違法行為があって摘発され、その時、新聞に、経営者が、「利用者の受け入れ先を考える」という言葉が載っていまして、やっとあの施設に慣れ、自分の第二の生き場と受け入れたと思われる顔見知りの人たちのことが浮かび、また慣れない施設に入所されるのだろうかと気になってなりませんでした。それで今日ふらっと出かけて行ってみましたら、経営者が変わるけれども、利用者の人たち、職員ともにそのままにいられるということがわかりました。このことを玄関先で親しくしていた職員さんと話していたら、何人もの私を覚えておられた人たちは集まり、「でーじょーぶだよ、わしたちは。佐々木さん、心配することねーよ」とかえって労わって下さいました。皆さん、家族からは、頭がわからなくなっている、と思い込まれているんですよね。私も夫をそう扱ってしまうことも多いし・・・。
また話はかわりますが、実はうちもフェルガード取り寄せて飲み始めました。長々とすみません!
by マオ (2008-05-11 19:12) 

タケノコ

人工骨のカケラを完全排除してしまう奥様にはまだまだ生命のパワーがあるということでしょうかね。前回も書きましたが、この残りの破片が悪さしないことをお祈りするばかりです。頭だけにカンタンに人工骨破片を取り出して、また新しいのをというわけにもいきませんしね。講演中の見習い看護師も、けしからん行為ではありますが、寝たきりのご老人がそれを庇うかのような仕草をというエピソードには、胸を打たれました。見習いも分かっててそこで寝ていたのか・・・どうせ寝たきりだから分からないだろうということなのか・・・・ご老人もそれを許していたのでしょうかね。

by タケノコ (2008-05-11 20:25) 

なかなかない

奥様の骨のこと驚きました
看護師見習いの話これはいただけませんね

倫理観の問題ですから
by なかなかない (2008-05-11 22:03) 

miyata

マオさん、こんばんは。
病気はやはりつくられるという面がありますね。理解できない事柄に対して手っ取り早い解決は相手を理解できるレベルにしてしまうか、いないことにしてしまうか。最初からこちらが変わろうとは思えないというのが不思議なことです。社会というか共同性って本来的にそういうものなのでしょうかというのが私の疑問です。

>何人もの私を覚えておられた人たちは集まり、「でーじょーぶだよ、わしたちは。佐々木さん、心配することねーよ」とかえって労わって下さいました。

こちらの話の方が私は思わずウルウルしてしまいました。

フェルガード、始められたんですね。私はきっとなんらかの効果は見せると思います。いつも一緒にいると変化が見えない面があると思いますが気長にやることですね。わが家でもまずその効果に対する確信を口にしたのが息子です。最初は「また親父が変な事してる」って思っていたそうです。

>長々とすみません!
とんでもないです。大歓迎です。またコメントください!
by miyata (2008-05-12 00:46) 

miyata

タケノコさん、こんばんは。
生命のパワーは、ムンムンですね(苦笑)。元気がよすぎて困り果てることが多いもので(^^ゞ
残った人工骨は一生このままという訳にはいかないでしょう。取り除くともう入れないらしいですよ。なぜだかわからないのですが。

寝たきり老人と看護し見習の話は、いろんな事を想像させますね。鷲田さんという人は話すのがほんとに上手だなあと思いました。
by miyata (2008-05-12 00:49) 

miyata

なかなかないさん、こんばんは。
頭から出てきた人工骨の事はほんとに驚きました。こんな事ってあるのかって。

>倫理観の問題ですから

ああ、そうですね。そういう問題でもありますね。鷲田さんはだから叱ってやろうと思ったんでしょうね。
by miyata (2008-05-12 00:51) 

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