不信 [その他]
月曜日の午前中。妻をデイケアに送り出して、台所の片づけものをしていた。隣の部屋のテレビから聞き覚えのある名前が出たのでテレビをのぞき込むとJR高槻駅、長岡京住まいの会社役員、年齢59才という条件が合致して愕然とした。
心当たりの知人友人に電話をして確認しようとしたが誰も知らなかった。自宅は留守電。職場にも電話したが、逆に事務員さんにショックを与えただけだった。新聞は休刊日。ネットを検索してみるとその時点で一件だけ産経新聞が報じていた。
短い記事では落ちた携帯を拾おうとしてホームからおり、電車にはねられたと見て調査していると結んでいた。その後テレビでは関西地方のニュースとして何度か流れ、新たな証言として快速電車の運転士の証言が加わっていた。それは新聞記事を裏付けるものであった。午後二時過ぎに彼の職場に再度電話をしてやはり本人であったことを知った。その日に通夜があり、葬儀は親族だけでということなので気持ちの整理がつかないまま通夜に行くことにした。
事故の翌日の事で生前の交友関係から考えると知人友人はいないにも等しい通夜だった。
遅れてやってきた彼の会社の同僚とは25年ぶりだった。彼は棺の中の姿を見て大声で泣いた。
「もう青天の霹靂ってかんじよ。運転士さんによるとなにかを探していたようで、警笛を鳴らしたら列車の進行方向に走って逃げたらしいの。いっぱい骨折してて、後頭部の脳挫傷で、顔も半分がおかしくなって」ここまで話すと彼の奥さんは堪えきれなくなって顔をハンカチで覆った。
しばらくして
「ここ数日体調が悪くて心配だから帰るときは連絡をメールでもらうようにしてたのよ。そうしてたんじゃないかしら。それを落としたものだから拾おうとして線路に降りたのかしら」
「ところで、miyata君はどうして知ったの？」と聞いてきたから偶然ニュースで知ったことを伝えると
「そのニュースでは名前を言ってたんだね。彼のお母さんもニュースで知ったらしいけど名前は言わなかったそうなのよ。だけどなぜかひどい身震いがしたそうなの。はあ、今は何が何だかわからなくて大混乱。ちょっと時間をおいてまた。」
連絡を取り合って通夜に出かけたもう一人の友人と少しだけ駅前の居酒屋で話をした。
「彼は体調が悪かったんだね。携帯を落としてのぞき込んだときにフラッとしたのかな。」昔話を一通りした後、駅で彼と別れた。
電車の中でなにかが違うという思いが離れなかった。
十代の終わり頃から結婚するまでの間、私は彼の家に入り浸るかのように頻繁に出入りしていた。彼はその時すでに今の奥さんと同棲していた。大学では劇団を主宰していて、劇団員もまたしょっちゅう出入りしていた。強烈な個性で引っ張るタイプとは違った。むしろ忍耐と許容の人だった。一度劇団の合宿に同伴したことがある。日本海の海辺のお寺が合宿所だった。私は皆が稽古しているあいだは海で泳いだり潜ったり遊んでばかりいた。午後の稽古が終わったのだろう。皆が泳ぎにやってきた。私が皆に潜って取った貝などを見せていると、彼は海に入りしぶきも上げないようなそれは見事な泳ぎで沖の方に出ていった。私も皆とともに感嘆した。東京育ちで一件貧弱そうな彼の普段の姿からは想像できなかった。すでに大学を卒業して社会人として劇団に参加していた年長の知人が「彼らしいね。」といった。
私と妻が結婚することになったとき、彼と彼の通夜の後居酒屋で話をした友人二人が全部仕切ってくれた。いろんな事情で結納とか一通りの儀式を経ることが避けられなくなったとき、嫌がる私を説得して着るものまで用意してくれたのも彼らだった。私はほんとうに、なにもできなくて、なにも知らないただの世間知らずの馬鹿な若者だった。
不信の芽が大きくなっていく。私の記憶の中の彼は関西の言葉で言うところの「どんくささ」とは無縁の人物だった。新聞記事の判で押したような内容が違和感に輪をかける。
「事故の影響で、上下計24本が最大約1時間遅れ、約5200人に影響した。」
私には携帯電話を落としたとしてもそれを拾うためにプラットホームから降りるような執着はない。彼もそういう私世代の感覚の中にいた。五年は会っていなかったがその五年の間に彼が激変するとは考えにくい。私ならばそうしてしまうかもしれない迂闊さは彼にはなかった。また、体調が悪くてホームから転落したとしても運転士の証言とも新聞記事の内容にも矛盾がある。事故があったその時間にはまだ乗客が駅にいたはずなのに、それらの証言が記事にもない。映像で確認されたという事も載っていない。
秋葉原の事件と同じ日に私の敬愛する先輩であり友人が「誤って」ホームから転落し、列車にはねられて死んだ。
抒情とは真逆の色のない空白が秋葉原と繋がってしまう想像から逃れられないでいる。私の不信もこの色のない空白に荷担しているのだろうか。
心当たりの知人友人に電話をして確認しようとしたが誰も知らなかった。自宅は留守電。職場にも電話したが、逆に事務員さんにショックを与えただけだった。新聞は休刊日。ネットを検索してみるとその時点で一件だけ産経新聞が報じていた。
８日午後11時半ごろ、大阪府高槻市白梅町のJR高槻駅で、線路上にいた男性が、ホームに入ってきた姫路発米原行き快速電車にはねられた。男性は全身を強く打ち、搬送先の病院で間もなく死亡が確認された。事故の影響で、上下計24本が最大約1時間遅れ、約5200人に影響した。
短い記事では落ちた携帯を拾おうとしてホームからおり、電車にはねられたと見て調査していると結んでいた。その後テレビでは関西地方のニュースとして何度か流れ、新たな証言として快速電車の運転士の証言が加わっていた。それは新聞記事を裏付けるものであった。午後二時過ぎに彼の職場に再度電話をしてやはり本人であったことを知った。その日に通夜があり、葬儀は親族だけでということなので気持ちの整理がつかないまま通夜に行くことにした。
事故の翌日の事で生前の交友関係から考えると知人友人はいないにも等しい通夜だった。
遅れてやってきた彼の会社の同僚とは25年ぶりだった。彼は棺の中の姿を見て大声で泣いた。
「もう青天の霹靂ってかんじよ。運転士さんによるとなにかを探していたようで、警笛を鳴らしたら列車の進行方向に走って逃げたらしいの。いっぱい骨折してて、後頭部の脳挫傷で、顔も半分がおかしくなって」ここまで話すと彼の奥さんは堪えきれなくなって顔をハンカチで覆った。
しばらくして
「ここ数日体調が悪くて心配だから帰るときは連絡をメールでもらうようにしてたのよ。そうしてたんじゃないかしら。それを落としたものだから拾おうとして線路に降りたのかしら」
「ところで、miyata君はどうして知ったの？」と聞いてきたから偶然ニュースで知ったことを伝えると
「そのニュースでは名前を言ってたんだね。彼のお母さんもニュースで知ったらしいけど名前は言わなかったそうなのよ。だけどなぜかひどい身震いがしたそうなの。はあ、今は何が何だかわからなくて大混乱。ちょっと時間をおいてまた。」
連絡を取り合って通夜に出かけたもう一人の友人と少しだけ駅前の居酒屋で話をした。
「彼は体調が悪かったんだね。携帯を落としてのぞき込んだときにフラッとしたのかな。」昔話を一通りした後、駅で彼と別れた。
電車の中でなにかが違うという思いが離れなかった。
十代の終わり頃から結婚するまでの間、私は彼の家に入り浸るかのように頻繁に出入りしていた。彼はその時すでに今の奥さんと同棲していた。大学では劇団を主宰していて、劇団員もまたしょっちゅう出入りしていた。強烈な個性で引っ張るタイプとは違った。むしろ忍耐と許容の人だった。一度劇団の合宿に同伴したことがある。日本海の海辺のお寺が合宿所だった。私は皆が稽古しているあいだは海で泳いだり潜ったり遊んでばかりいた。午後の稽古が終わったのだろう。皆が泳ぎにやってきた。私が皆に潜って取った貝などを見せていると、彼は海に入りしぶきも上げないようなそれは見事な泳ぎで沖の方に出ていった。私も皆とともに感嘆した。東京育ちで一件貧弱そうな彼の普段の姿からは想像できなかった。すでに大学を卒業して社会人として劇団に参加していた年長の知人が「彼らしいね。」といった。
私と妻が結婚することになったとき、彼と彼の通夜の後居酒屋で話をした友人二人が全部仕切ってくれた。いろんな事情で結納とか一通りの儀式を経ることが避けられなくなったとき、嫌がる私を説得して着るものまで用意してくれたのも彼らだった。私はほんとうに、なにもできなくて、なにも知らないただの世間知らずの馬鹿な若者だった。
不信の芽が大きくなっていく。私の記憶の中の彼は関西の言葉で言うところの「どんくささ」とは無縁の人物だった。新聞記事の判で押したような内容が違和感に輪をかける。
「事故の影響で、上下計24本が最大約1時間遅れ、約5200人に影響した。」
私には携帯電話を落としたとしてもそれを拾うためにプラットホームから降りるような執着はない。彼もそういう私世代の感覚の中にいた。五年は会っていなかったがその五年の間に彼が激変するとは考えにくい。私ならばそうしてしまうかもしれない迂闊さは彼にはなかった。また、体調が悪くてホームから転落したとしても運転士の証言とも新聞記事の内容にも矛盾がある。事故があったその時間にはまだ乗客が駅にいたはずなのに、それらの証言が記事にもない。映像で確認されたという事も載っていない。
秋葉原の事件と同じ日に私の敬愛する先輩であり友人が「誤って」ホームから転落し、列車にはねられて死んだ。
抒情とは真逆の色のない空白が秋葉原と繋がってしまう想像から逃れられないでいる。私の不信もこの色のない空白に荷担しているのだろうか。
お悔やみ申し上げます。
大切な友人の不慮の事故？さぞ驚かれた事と思います。
私も、そのニュースをＴＶで見て、ちょっと腑に落ちない気がしました。
たぶん、一番最初の頃のニュースだったろうと思います。
奥様の驚愕、悲しみ、何故？と言う気持ち、心が乱れたままな事でしょう。おつらいですね。
by ほんのり (2008-06-11 04:37)
その報道聞いてました。
「線路上で携帯を探す」？、「列車と反対方向へ逃げる」？
なんて間抜けな行動、有り得ないと思いました。
どう考えても、報道されている状況が不自然だ。
by 練習菌 (2008-06-11 04:47)
私も、このニュースを観ました。まさかお知り合いの方とは、落ちた携帯を拾いに、と言う表現には何か納得できないのを感じたのも事実です。ご親友の不幸に心からお悔やみ申し上げます。
by SilverMac (2008-06-11 06:41)
心からお悔やみ申し上げます。
by マオ (2008-06-11 10:09)
私も一緒にニュースを見ていて、携帯を拾うために下りたというところに違和感を感じました。まさかmiyataさんのご親友とは・・・
こころからご冥福をお祈り致します。
by yakko (2008-06-11 10:14)
その報道に接し、何故携帯を拾いに降りたのか？
腑に落ちませんでした。
まさかmiyataさんのご親友だったとは。
心からお悔やみ申し上げます。
by 左膳 (2008-06-11 11:16)
ほんのりさん、練習菌さん、SilverMacさん、マオさん、yakkoさん、左膳さんこんにちは。コメントありがとうございます。
最初にニュースを聞いたときやはり「自殺？」という疑問が頭をかすめました。だけど友人に連絡したり話したりするうちにそれはないと思いました。また後のニュースを聞いてもそれを打ち消すには十分でした。
ほんとうにホームから自分で降りたのか、あるいは落ちたのかというのが残る疑問です。彼が自分から降りることは私の中から導き出せません。
落ちることはありうると思います。だけどもし体調が悪くて落ちたならば、運転士の証言と矛盾します。それは自分で降りたことを補完する内容だからです。体調が悪くて落ちたなら、ものを探したりする行動はしないでしょう。
また50メートル手前から警笛を鳴らしたら（運転士の証言）証言の誤差を勘案して（50メートル手前で気がつき警笛を鳴らすとしたら40メートルか30メートルまで近づいていた可能性がある）到達時間は1秒から2秒。当人がそれを察知して回避行動を起こしたとしてなんの準備もできない状態からでは一歩か二歩の間。ほぼあっという間でしょう。
もっと手前から気がついていたとしたら、ホームの他の客は騒がなかったのだろうか。
私には彼に偶発的かもしくは意志的ななにかが降りかかったという疑問が拭えません。
それから、今までこういう事故があったとき列車何本と何人の足に影響が出たという報道がされているのを何気なく聞いていましたが、鉄道会社がこういう発表をなぜすぐにするのかということで、気がついたことがあります。それは損害賠償請求をするときの客観的な根拠になるのではということです。
最後に、JR高槻駅では昨年あたりからおかしな事故や事件がわりあい頻発しているのに気がつきました。
by miyata (2008-06-11 14:47)
友人の突然の死。さぞ驚かれまた無念さもおありの事と思います。
事件性があるのではという､疑念をもたれている事もよくわかります。警察は事故として処理してしまっているのでしょうか？
あとは､ご本人が飲酒をしていて誤って線路に転落後も､適切な行動が取れなかったのか。
私があれこれ言うべきことではありませんし､失礼の段があればお許しください。
故人の冥福をお祈りいたします。
by allora (2008-06-11 15:26)
alloraさん、こんにちは。
彼は塾を経営していました。電車に乗る時間は帰宅時間でした。飲酒はしていませんでした。警察はもちろんいろんな角度で調べていると思うのですが、今の時点ではたんなる事故（本人の責任による）という方向でしか発表されていないようです。
by miyata (2008-06-11 16:03)
なんと申し上げたらよいのかわかりません。
宮田さん、お辛いですね。
いい加減な証言は
人の人生を左右する
何かを捜しているなんてどうして解るのですか
だまっていてほしいですね。
特に本人の責任となりますとものすごい罰金だってくるのでしょう。
by なかなかない (2008-06-11 19:33)
miyataさん、今晩は。
身近な方のこのような突然の死。
対する、驚き、悲しみ、悔しさは、さぞおありだったかと存じます。
それが納得のいかないものであれば尚の事です。
事故であれ、それぞれに事情は異なるでしょうに、報道では型にはまったようなされ方をしてしまう、おっしゃるとおりですね。
心よりお悔やみ申し上げます。
by hana (2008-06-11 20:52)
なかなかないさん、こんばんは。
なんだか、辛いとか悲しいという感情じゃなくて解せないというのが今の心境です。残された奥さんや家族の方はなおさらでしょうね。
それに、現実的な問題として賠償金の話は必ず出てくるのじゃないかと心配しています。
by miyata (2008-06-11 23:26)
hanaさん、こんばんは。
テレビのニュースで見たときにはほんとうに、驚きました。まさかと思いました。だけど条件が三つも重なっているのでいきなり心がざわめくというか、いてもたってもいられなくなりました。
by miyata (2008-06-11 23:31)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080609-00000030-mai-soci
乗客のコメントも書くべきですね
by なかなかない (2008-06-12 16:39)
新聞の記事で拝見しました。まさかmiyataさんのお知り合いだったとは。
記事ですと、ケータイを落として拾いに降りたとされておりました。
うーん、私でも、近くにいれば駅員に告げるか、備えてあることの多いマジックハンドみたいなやつを捜すかですね。。。。降りるという危険を冒してまで？と私も疑問に思います。何はともあれ、ご友人のご冥福をお祈りします。
by タケノコ (2008-06-13 21:19)
実は某国のスパイで、公安に抹殺されたなんて〜
スパイ映画の見過ぎかな〜？
by 練習菌 (2008-06-25 21:47)
miyataさん、こんにちは。
記事と関係のない書き込みをしに来ました。
例のフェルガードのことなのですが、この掲示板で http://www.chihou.net/
コウノ先生が、問い合わせに熱心に返信されています。
by マオ (2008-06-28 11:23)
こんにちは。
自分のブログをちょっとお留守にしていました。すみません。
>なかなかないさん
記事のURLありがとうございます。
>タケノコさん
携帯を拾いにホームから降りるという行動は、ちょっと考えづらいです。
なんらかの偶発的な事が重なったのだと思います。それがなんなのか、わからないです。
>練習菌さん
ちょっとコメントを返しづらいです。
by miyata (2008-06-28 13:00)
マオさん、こんにちは。
情報、ありがとうございます。早速見るようにします。
by miyata (2008-06-28 13:01)
すいません m(._.)m ペコペコ
by 練習菌 (2008-06-28 23:19)